2018年01月14日
袴田巖さん 思い出めぐり 西鹿島から天竜川
昨日は、巖さん少年期に遊んだ西鹿島~鳥羽山城跡公園~天竜川堤防を巡りました~

車で前日訪ねた赤佐小学校前を通り・・
「巖さん、巖さん、ほら、きのう行った赤佐小学校ですよ!」
「ほー、小学校ね」と視線を移され・・
西鹿島の橋を渡り~トンネルの真上にある鳥羽山城跡に到着~

鳥羽山城跡は、浜松市天竜区二俣町二俣に所在する戦国時代の山城で、周囲を天竜川に面した天然の要害に築かれており、今川氏、徳川氏、武田氏、豊臣氏といった名だたる有力大名がその領有にかかわったのだとか。
巖さんが車を降りると・・おじいちゃんに連れられた小さな女の子がいました。
その子を目で追うと・・財布を出され

お駄賃をあげたのです。(たぶん100円)女の子はニコニコ受け取り、おじいちゃんは、「あ、どうもすみませ~ん、ありがとうございます~」。よかった・・受け取っていただけて。巖さんは、小さな子どもが近くにくると「お駄賃ね」と100円あげたりされるのです。昔は、大人が子どもにそうすることは普通にありました。そういえば、今はないなぁ。
さて、そんなことの後、巖さんは迷うことなく上を目指して歩きだしました。



「腰巻石垣」って・・なんですかね?面白い。
ループ式のなが~い滑り台もあり、「巖さん、滑りましょうよ」と言いたかったですが、乗り場まで足場が悪くて断念
てっぺんに到着~

風もなく穏やかな陽気。まるで春先のよう
「巖さん、あったかくて気持ちいいですね~」
「そうだね、寒くないんだね。気持ちいいね」
展望台からは町が一望、さっき通ってきた西鹿島橋も見えます。

さ~て、お次は天竜川堤防へ

「ここは、中瀬。こっちは中瀬の町ですよ」とお知らせすると・・「ほー、中瀬かぁ」と、町の方を見て
川原を歩きはじめる巖さん

しばらく、スタスタ歩いて行かれる巖さん
「どこまで行かれますか?」と尋ねると・・
「もう帰ろうか」。
そして、帰路につきました。
いいドライブでした
今日は、どこに行くのでしょうか・・・楽しみ~
(この日のドライブは、静岡市から来てくださったボランティア男性の車に乗せていただきました。本当にありがとうございました)


車で前日訪ねた赤佐小学校前を通り・・
「巖さん、巖さん、ほら、きのう行った赤佐小学校ですよ!」
「ほー、小学校ね」と視線を移され・・
西鹿島の橋を渡り~トンネルの真上にある鳥羽山城跡に到着~

鳥羽山城跡は、浜松市天竜区二俣町二俣に所在する戦国時代の山城で、周囲を天竜川に面した天然の要害に築かれており、今川氏、徳川氏、武田氏、豊臣氏といった名だたる有力大名がその領有にかかわったのだとか。
巖さんが車を降りると・・おじいちゃんに連れられた小さな女の子がいました。
その子を目で追うと・・財布を出され

お駄賃をあげたのです。(たぶん100円)女の子はニコニコ受け取り、おじいちゃんは、「あ、どうもすみませ~ん、ありがとうございます~」。よかった・・受け取っていただけて。巖さんは、小さな子どもが近くにくると「お駄賃ね」と100円あげたりされるのです。昔は、大人が子どもにそうすることは普通にありました。そういえば、今はないなぁ。
さて、そんなことの後、巖さんは迷うことなく上を目指して歩きだしました。
「腰巻石垣」って・・なんですかね?面白い。
ループ式のなが~い滑り台もあり、「巖さん、滑りましょうよ」と言いたかったですが、乗り場まで足場が悪くて断念

てっぺんに到着~

風もなく穏やかな陽気。まるで春先のよう

「巖さん、あったかくて気持ちいいですね~」
「そうだね、寒くないんだね。気持ちいいね」
展望台からは町が一望、さっき通ってきた西鹿島橋も見えます。
さ~て、お次は天竜川堤防へ

「ここは、中瀬。こっちは中瀬の町ですよ」とお知らせすると・・「ほー、中瀬かぁ」と、町の方を見て
川原を歩きはじめる巖さん
しばらく、スタスタ歩いて行かれる巖さん
「どこまで行かれますか?」と尋ねると・・
「もう帰ろうか」。
そして、帰路につきました。
いいドライブでした

今日は、どこに行くのでしょうか・・・楽しみ~

(この日のドライブは、静岡市から来てくださったボランティア男性の車に乗せていただきました。本当にありがとうございました)
Posted by 袴田家物語 at 09:56│Comments(0)
│無実の死刑囚 袴田巌さんとともに