2019年04月16日

袴田巖さん 無実を訴える40年前の手紙

みなさま、「スプリット・デシジョン~袴田巖無実の元プロボクサー」ご覧になりましたか。

漫画の中に、巖さんが郡司信夫氏宛に手紙を書くシーンが出てきますが、その手紙を以下にご紹介します。

1980年1月号の『ボクシングマガジン』に掲載されたもので、死刑確定前のです。

読みやすいように改行他、手を加えてあります。

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郡司信夫先生。

今般、唐突にお手紙を差し上げます失礼、どうかお許しください。
善良な民衆がなにげなく生活しているこの日本に、無実の罪を受けて苦しみ、自由も人権も奪われてしまったという元プロボクサーがおります。

警察・検察側はこの事件で、被害者の一人が柔道二段で、巨漢であったということから、犯人は腕に自信がある者という、予断と偏見を持ちました。
そして、悪辣な偽証を唯一の武器に、その男を強引に逮捕し、否認しているその男の真実を封殺し、遂には捜査陣が想定した架空のストーリーをもって自白調書などと言いくるめ、起訴したのであります。このような恐るべきデッチあげは、法の下で訂されなければなりません。

前記のその男とは、二十年程前に郡司先生の目の前で、プロボクサーとして、拙い試合を、しかし一生懸命に十数回お見せしたことのある袴田巌です。 あるいは、ひょっとして、小生を思い出していただけたかも知れません。 今、私は先生に真実を訴えたくてこの手紙を認めております。

小生は現在、濡れ衣を着せられて東京拘置所に捕らえられております。一、二審において、満くうの怒りをこめて権力犯罪を糾弾すると共に、一応の真 実…正真正銘「小生は無実である」ことを訴えてきました。それは、文字通り小生の血叫びでありました。しかし、この真実である血叫びが過去十三年余にわたり未だに容れられません。この司法の無責任さに、小生怒りで肌があわだつ思いです。

今、最高裁決戦に突入していますが、小生が(殺人事件の)真犯人ではあり得ないという厳然たる物的証拠が存在しているにもかかわらず、裁判官等は正義を忘却しています。何とも悲しいことです。高裁はその棄却判決で、露骨に独断に過ぎない不当を晒しました。以下、端的に問題を記します。

先ず、小生のパジャマに油、血痕がついていると偽証して起訴しましたが、一審審理中に血染めの衣類が発見され、検察側は主張を変更。この衣類を犯人が犯行時に使用したものと断定し、これを不当にも小生の物としたのです。 しかし、この衣類の中のズボンについて、公判の中で装着実験をしたところ、小生には小さすぎて穿けないことが明らかとなりました。穿けないズボンで犯行はできない。また、白半袖シャツには右肩に傷穴が二つあります。

さらに言うならば、右肩の二つの傷穴を中心に、それぞれ直径2.5センチの内面からしみ出た人血痕があります。これが物語る真犯人像はあまりに明確であります。それは、まごうことなく右肩に二つの傷跡があるということです。しかし、小生の右肩にはそれに相応する傷はない。この衣類は小生が着たものではないのです。
嘘を教えるはずのない物証(しかも検察側が提出した)が示す通り小生が犯人でないことは、何人にも断定できるところです。 この裁判を確実に勝利させることが、ひいては全ての人達の人権を守ることにつながりましょう。そのためには、先ず、デッチ上げ事件の真相を知る必要があります。
どうか、裁判において真実が勝利できますように、郡司先生のお力をお貸しください。

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全身怒りの火だるまだった巖さん、今は何を見つめているのでしょうか・・。
袴田巖さん 無実を訴える40年前の手紙



明日は、郡司先生からの返事を載せます。

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第20回「袴田事件がわかる会」のご案内

日時:4月20日(土) 1時半~4時
会場:浜松市復興記念館 (浜松市中区利町304の2) 
ゲスト:袴田事件弁護団事務局長・小川秀世弁護士、 姉・袴田秀子さん

みなさま、久々に弁護団事務局長のお話が聞けます。お出かけくださいませ。

今度の土曜日ですよ~スピーカー



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